垂水ゴルフ倶楽部の歴史について

5.垂水ゴルフ倶楽部の発展Ⅰ(1954年~1960年代)

1956年(昭和31年)2月に関西ゴルフ連盟に加入が認められ、本格ゴルフ場としての地位が確立された。

1959年(昭和34年)周辺の用地を買収し、以降度々の台風や震災被害遭遇しながらも着々とコース改造につとめることで、着実に名門コースとしての整備が図られてきた。

この間、1956年(昭和31年)及び1977年(昭和52年)と高松宮殿下にご来場賜り、ゴルフ倶楽部としてこの上もない光栄に浴している。

▲ワンオンブリッジ渡り初め(昭和30年9月)
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▲高松宮殿下・同妃殿下ご来場(昭和31年10月24日)
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▲ティーショットされる高松宮妃殿下

しかし、1959年(昭和34年)2月、1920年(大正9年)舞子カンツリー倶楽部創設時の倶楽部ハウスが火災により消失、大正時代の面影を伝える木造建築物を失ったのは残念な出来事であった。

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▲旧館(大正9年開業時のクラブハウス)が全焼(昭和34年)
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▲昭和40年当時の18番ホール(手前がグリーン)
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▲昭和40年当時のクラブハウスと10番(手前)と1番ホールティー
昭和30年9月24日 4番ティーとグリーン間架橋完成(高松宮殿下によりワンオンブリッジと命名)
昭和31年2月8日 関西ゴルフ連盟に加盟
昭和31年9月23日 創立35周年記念行事挙行(再開業5周年)
昭和31年10月24日 高松宮殿下・同妃殿下ご来場
昭和34年1月21日 旧館(大正9年開業時の倶楽部ハウス)が全焼(ボイラー室煙突より出火)
昭和34年2月1日 焼け残った新館及び食堂・浴室などの応急突貫工事により営業再開
昭和34年9月 山林(4000坪)を買い入れ、コース改造に着手 (1・10番の谷の埋め戻し、その他ホールの改造、ワンオンブリッジ一時撤去)
昭和35年4月6日 新倶楽部ハウス完成
昭和35年6月20日 ワンオンブリッジを15番ティーに再架橋
昭和36年9月16日 台風18号襲来(コースに大被害もたらす)
昭和38年1月2日 練習場(11打席)が完成
昭和40年9月10日 台風23号襲来(別館ハウス・第二売店半壊や樹木100本の大被害をもたらす)
(昭和40年前後は毎年のように梅雨の豪雨と台風によるコース被害発生)
昭和41年7月 開業45周年記念競技開催